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こんにちは、アルママです。
あと3日で今年も終わりですね。今年は大きな災害が続き、日本国中が心を痛めた年でしたが
傷ついた方々もまた、新しい年を迎え心を新たに前へ進んでいければよいなと願います。

うちも色々ありました。
ダンナが痔ろうで手術したりーの、ぎっくり腰で救急車呼びーの、なにかと体調変化の
大きい相方をサポート。私のやっちまった事件では、ベランダに閉じ込められて
消防車呼びーの(汗)と、まぁ119番呼ぶ呼ぶ!ご近所では有名になっちまいました。

そして、親の介護事情もなんやかんやとありまして~
義母は春からグループホーム入所とそれなりに落ち着いたんですが
この年末になってから実の母親が肺炎で入院と、そらまぁ親の事では苦労が続いてます。

先週のクリスマス24、25日と帰省してきたんですが・・・

で、ここからは朗報ですよ!!
一時は生死の境をさまよっていた母が随分と回復していたんです♪わ~~い♪
両手の拘束ははずされて、口からはゼリーの食事を摂れるようになってました♪
ストレスから解放されたのか、前回のように大声を出して騒ぐのも無くなり、
以前の笑顔が戻ってたんですよ!食事のリハビリが順調に進めば退院できそうです。
あ”~~~良かった!あ”~~~ほんまにほんまに安心した!!
ま、時折妄想じみた事を話すのはありですが、これは以前からの事ですからね。
(今回は私に2人の娘がいる妄想。産んでないけど・・・)

病室では、私のデジカメに入ってる犬ばっかり写ってる写真を楽しそうに、いや
ボォ~~と見てましたが、映像でも少しのセラピーになっていると嬉しい。

クリスマスプレゼントには、あれも欲しい、これも欲しいと物欲が湧いてた私ですが
これが一番の贈り物だったような気がします♪神様ありがとう♪

で、25日には顔も知らない祖父の50回忌の法事を行いました。
(まだ生まれてなかったし)
張りのある声でお経を読むお坊さんにならい、家族も同じように読経すること数十分。
親父は字も読めなくなってるので訳わからんかったと思いますが
一区切りの法事を行えた事に満足し、随分しおらしい事を言っていました。
これまで自分がいかに自分勝手に生きてきたかを反省し、私たち子供にも
ねぎらいの言葉をかけてきましたよ。(80前にしてやっとか!!)
ま、お坊さんに話を聞いてもらえて、またありがたいお話を聞いて、少し
心が洗われたのかもしれませんわ。今だけかもしれんけど。

そんなんですけど、私の大事な親。色々とお世話は大変ですが
今年も無事に年越しできて良かったです。

なんやかんや言うても、家族が健康である事。これが一番の幸せだよね~。

来年はうちの福ちゃんも1軍復帰して、また走るよー!
IMG_2044.jpg

↑はinstagramにアップした写真です。
PCで見るには webstagramで見れるかも、ログインせな無理かな~?
http://web.stagram.com/?lang=ja

alfukuで検索してみてね~。
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みなさんこんにちは。
アイホンデビューしてから、すっかりこちらが放置されてますが・・・・
instagramやtwitterでは日常的に出没しとります。

まぁそれはええのですが、12月9日、実家は大変な事になっとりましたの。
えぇ、いつもの実親の事ですがね。

9日、朝散歩してたら、母親が肺炎を起こして他の病院に救急搬送されたと兄ちゃんから電話がありました。
それから仕事の引継ぎやなんやらを慌てて済ませ、旦那と一緒に広島まで駆けつけると
母は口から鼻からチューブを入れられベットでしんどそうに寝てました。
鼻から胃に繋がるチューブからはどす黒い血の固まりが出ていて
口には気道確保の為チューブ送管、両手はチューブをはずせないようにベットに拘束と
なんとも可哀相な姿(泣)見ていてとても辛かった。

なんでも、認知症で精神科に入院していた母は、病院で吐血し、その病院では処置できないので
急遽総合病院に搬送されたようです。

先生からは生命維持の危険が極めて高いと言われ・・・・・心は号泣。
しんどそうに呼吸しながらずっと寝ている母。
頑張れ頑張れと励ますも、ここまで頑張らせていいのかとも。
寝たきり状態で8年、もうこれまで目一杯頑張ってるんだもの。。。
「頑張れ」という言葉は私が別れたくないから出る言葉なのかもしれないな、なんて思った。

と、そんな悲しい状態を理解してるのかどうか?
認知症の親父は見舞いに来てても落ち着かず、すぐに帰ると言う。
あげく、精神科で入院していた病院の悪口を大きな声で喋り、迷惑はなはだしいったら!
お世話をしている看護婦さん達も困り果てているし、あたしゃー娘として恥ずかしいわ!
まったく何でも人のせいにする性格つーのは死ぬまで治らんのかね(怒)

そんな恥ずかしいくそじじいにはさっさと帰ってもらいましょう。そうしましょう。

で、日中、少し状態が落ち着いてきたようなので、夕方、旦那には一旦帰ってもらい福を託す。

夜は兄貴が付き添ってくれるので私も実家に帰り、不安な夜を過ごしたのだ。

翌日、10日土曜日、相変わらず汚い親父の部屋と、2階を鬼掃除して病院へ。
兄貴も疲れている。夜、少し母親が取り乱して、なだめるのに大変だったそうだ。
現状理解できてない母親は両手の拘束がストレスになり、さらに認知症状が加速してるようで
時々暴れる。必死で両手の紐をはずそうとしているのだ。
その度、状況説明するのだが、覚えているのはほんのひと時・・・

夕方、一旦休憩しに帰る兄貴を駐車場まで送りに行ってる間に
母は口からのチューブを自力で抜きよりました(汗)Oh my god!!!
酸素送ってたのにーっ!頭を激しく揺さぶり抜いたようですわ。
しかし、呼吸は安定してるので酸素マスクでなんとかなりそうです。良かった。
そんな感じで土曜日の夜は私が付き添い。
母親が目覚める度に気になって、ほとんど寝れず。幻覚見たりするもんで、
なだめたり励ましたりするのが大変でした。けど、それだけ暴れられるのは元気になった証拠。
とりあえず、危険な状態からは脱却したようです♪

私達の為に頑張ってくれてありがとう。(きっとそうだね)

日曜日には状態もだいぶ良くなり一安心~~~。
月曜から仕事がある兄貴は後ろ髪ひかれながら市内の自宅へ戻り、
私も月曜日の昼には自宅へ戻りました。

ふぅ~~~やれやれ。

けれど、そう安心しても居られません。検査の結果わかった事ですが
肺炎の原因は誤嚥性、少しずつ肺炎が悪化し、敗血症をも起こしていたと後で知りました。
それで腸管から出血し吐血したのでは?という事です。
誤嚥が発端なら、食事再開になるとかなり気をつけなければなりませんし
リハビリも必要になります。今現在、食事を受け付けないようなので
栄養は点滴のみ。このまま口から栄養を取れないと点滴だけでは・・・
あまり長くないかと思います。そして、認知症もありますし、十分な医療体制が維持できない
可能性だってあります。

けれど、母はそれでいいのだと、なぜだかそう思えるの。
両手を拘束されて、ベッドに繋がれた毎日、私自身の身に置き換えてみれば
「もういいの!」「もう楽にさせて!」と思うに違いないからです。
訳のわからない事ばかり口走っている母ですが、本当の母は、きっと、
私達家族にありがとうと言いたい、ただそれだけなのです。

どうか、どうか、苦労続きだった母が穏やかな心で過ごせますように祈ります。

神様。お願い。

重い内容、最後まで読んでくれてありがとうございます。
何かと気がかりな毎日ですけど、あまり深く考えないように、私自身明るくいようと思います!

では、勇気をくれるこんな動画を!
吉井さんvs



positive Thinking!
2011.11.21 許しなさい
中国地方で震度5弱の地震があったので、夜、実家の親父に電話してみた。
前回の帰省で喧嘩別れしてきたとは言え、やはり気になるのだ。


実家の方が震度3だったのだが、親父は全く気が付かなかったようで一安心。

すると、親父から先月の暴言&暴行を詫びる言葉

「この間はすまんかった」と。


そうか、ちゃんと覚えていたんだなぁ、もしかして、あれからずっと気にしてたのかもしれない。

謝ろうと思っていても電話がかけれないので、こちらからの連絡を待っていたのかもしれない。

私も電話くらいかけたってよさそうなもんなのに、意地を張っていたんだよ。。。。
まったく大人気ないのは自分も同じ。

親父の謝罪の言葉を聞いて、逆に自己嫌悪になりました。

まだまだ、大人にはなれないもんです。

次に帰った時は少しは優しくしてあげようっと。
2011.10.25 暴れる親父
先週は怒涛の日々でした。水木と帰省してきましたが~
とっても疲れる内容です。長くてすまんね。


問題になっている両親の介護状況、
まぁ、ほんまに疲れた。そしてショッキングでしたのだ。

当初入院していた母親は、暴れるから退院を迫られてましたが
無事別の精神病院への転院が決まり、とりあえず安心。
新しい病院は認知症病棟があるので、今のところ落ち着いてくれてるようです。

19日水曜日昼、地元に到着し、レンタカー借りてまずは市役所へ。
父親の精神科受診の為診察券を受け取りに(親世帯は生保世帯なのでいちいち診察券を
市役所から発行してもらわねばならんのです)
その後、お世話になってる介護事業所に特養申込みに必要な書類を持って行き
色々とこれまでの経過報告をしてもらいましたが、どれもこれも情けなく
悲しくなる内容ばかりです。(楽しい話しは一つもない)
それから最初に母親が入院していたN病院へ洗濯代を支払いに行き、
父親受診の為の紹介状を受け取りにかかりつけのK病院へ。

あちこち走り回って激疲れですが・・・・

最後に母親が入院しているM病院へ行き、お見舞いをしてきました。
広いホールに入院患者が集まっていて、みんなボ~っとしています。
その中に車いすに乗った母親が。最初私の事が分からなかったようですが
「娘だよ!」と声掛けするとようやく気が付いてくれました。
個室に移動して話しをしたのですが、母親はどうも妄想の世界に生きてるようで
「成田に家があるけぇそこへ旦那と犬と一緒に済んだらえぇ」とか
「あたしは歩けるんじゃけ」とか
「介護施設に3万寄付したのにお礼も無い」とか言って勝手に怒りだしたり・・・
訳わからん。それでも手や足をマッサージしてあげると「気持ちえぇ」と
喜んだりしてました。大声出して暴言吐いたりはしてなかったのでヨシとします。

とようやく実家に戻り、父親の夕飯を用意。
掃除洗濯をさっさと済ませ、夜ご飯を食べながら施設入所を勧めたんですが
頑固親父は断固拒否。母親が入院しなければいけない事情を話しても
とにかく納得できんようで、しまいには兄貴の人生をなじったり
ヘルパーさんの悪口を言ったりと文句ばっかり。自分の暴言や暴力は棚に上げ
不満たらたらです。そんな感じで結局最後は親子喧嘩で終わる。


20日木曜日は朝から親父の精神科受診。(母親と同じ病院です)
問診、認知症を判断するテスト、MRI撮影を行い、結果は立派な認知症。
先生は問診からして認知症間違い無しと判断していたようだ。
記憶力は軽~中レベル。
脱抑制症状から暴言や暴力、セクハラ行為が自分でコントロールできないのだと。
本人はやってはいけない事だとわかるものの、それを押さえる事が出来ないそうだ。
MRI画像診断では
右脳がほとんど死んでる。これは脳梗塞で倒れた時からのもの。
そして、脳全体の血流が悪く、海馬に萎縮が見られるとの結果。

そこで記憶力を保つ働きのあるアリセプトと
イライラを抑える抑肝散を処方してもらいました。

診察が終わり、親父は母親のお見舞いに、私は母親の入院に必要な手続きなどを
それぞれ個室で行っていたんですが・・・・・・
そこで事件発生。
診察や手続きで時間がかかったのが気に入らない親父は
母親の病棟で杖を振り回し、入院患者に暴言吐きまくって暴れる暴れる!
「わしはこんなき○がいの居るとこには二度と来んぞ!」って・・・・
(いや、あんたも入院せなアカン位のレベルですがな)
と大騒ぎしてる親父を捕獲し、怒りまくる私←疲れMAX
その後必要書類を取りに市役所まで行かなきゃならんのにもう無理。
とりあえず急いで薬をもらい、清算を済ませて親父を連れて帰る。

その後、市役所へ必要書類を発行してもらうべく市内へ。
4時から親父を交えての支援会議が実家であるので急がねばならん。
途中で立ち寄ったレストランでは食欲も湧かずだったが、何でもいいから腹にかきこむ。

実家に戻り、必要書類の整理をしていると
ケアマネ2人、ヘルパーさん2人、包括支援センターの担当者1人がやってきた。
親父に施設入所を勧めていたが、午前中のイライラが収まってない親父は
誰のいう事も聞かず、自分の暴挙を反省もせず、あげく
「施設に入るくらいなら自殺する!」と騒ぎナイフを振り回し出した。
「ナイフを放しな!」と取り上げようとしたら
振りまわすもんで近づくのもままならん。威嚇だとは分かっているが
実際に目の当りにすると怖かった。自分の親と言えども。

この出来事はかなりショックだった。イライラが原因で抑制が効かないとなると
母親が自宅に戻るのは危険だ。

脱抑制症状を実際に体験してみると周りはそりゃー大変。
自分でコントロール出来ないんだもんね。病気が原因だけども
親父は危険人物取扱い注意にまで  落ちた。
こんな親父になっては人が寄って来ないのも当然だよな。

かまって欲しくてセクハラする→注意される→面白くない→暴言が出る
→誰も寄って来ない

この負のスパイラル。

元々人と接するのが好きな親父なので、施設に入って友達が出来れば
楽しい老後を送れるんじゃないかと思うんだが、当の本人は頑なに入所拒否。
地元に愛着があると言うが、訪ねて来る人はもう誰も居ないのよ。
そこんとこわからんかなー。

けど、なんぼ言うても分からんのなら仕方ない。
当面、1日1回ヘルパー援助、週2回のデイサービスで生活するしかないだろ。

精神科のお薬がうまく効いて穏やかになってくれるといいな。


2011.10.10 介護問題浮上
今日の日記は全くつまらん内容、つまり、あたしの愚痴だ。
どうにもイライラが収まらんのでここに書き綴る。
(お目を汚して申し訳ないが)

この1か月の間、実家の介護問題がクローズアップされてる。
介護が始まってかれこれ7年、認知症状が進んで色んな問題が出てきているのだ。
まずは、親父のヘルパーさんに対する暴言やセクハラ行為が問題となり
ある事業所から介護サービスを断られた。
寝たきりの母も夜中に大声を出したり暴言はいたりして精神状態が不安定になってる。
そうなると父親のストレスも増え、夫婦で居ると余計に良くないので
ケアマネの判断で一旦母親に入院してもらい、その間、
セクハラ対象にならない男性ヘルパーさんを探しつつ、母親の精神的ケアをしようと
2週間前に入院した母。

日曜には兄がお見舞いに行き、ニコニコ笑顔で接していたそうなんだが・・・・

今日になって化けた。

朝、病院から電話があり、母親が暴れて困っているらしい。
病院からはすぐにでも退院しろ的な嫌味を言われるが、
こちらもそう急には動けない。仮に動いたところで、頭のおかしくなった母を制御できる
わけもないのだ。おまけに今日は他所の病院も休みで相談しようも無い。
とにかく落ち着くよう、精神安定剤などの薬を処方してくださいと
お願いするものの、電話口の看護士はほんとに迷惑そうな物言いしかしてこなかった。
兄は「これは社会的入院ですよ!これからどうするつもりなんですか?!」と
迫られたらしいが・・・・。逆にどうしたらよいのか教えてもらいたいもんだ。
仕事も辞め、収入を無くして介護に従事しろとでも?

入院を受け入れたものの、大変だったからすぐに出ていけと、
家族にしたらそう受け取れるがね。

と、はらわたが煮えくりかえる思いであったが、
「迷惑かけてすみません、今日一日だけでもお願いします、すみません、すみません」
と頭を下げるしかなかった。嫌味を言われようが、後は主治医とかかり付けの医師との
話し合いで精神科を紹介してもらうしかない。

明日、ケアマネさんに動いてくれるようお願いし、成り行き次第で
わたしも早急に帰省せねばならんだろう。

今は荒れてる母だけど、義母のように精神科にかかり、薬の量を調整できるようになれば
また落ち着いて自宅で生活できるようになると思うのだが。
どうなることやら・・・・。

そして、義母の介護費用も問題も、ジリジリと我が家の家計を圧迫してるような。。。
好き放題パチンコにつぎ込み、貯蓄も何も無いので、足りない介護費用は子供が負担
せねばならん。昨日届いた請求額は3か月分で数十万円だよ!

特養に申込みはしているけど、それまで我が家の家計が持ちこたえられるんだろうか、不安だ。

働いても働いても楽にならんのは親のせいなんじゃねーのか?
3人も介護者かかえて、正直しんどい。  気持ちがね。


以上、愚痴でした。これから良い方向に向かって行けますように。なむ~~~。



あ~~~、こんな時、アルに会いたいな~っ!!!。


*ところで、先日の古着、リサイクルショップで¥1200になりました♪
ありえんくらい重たい皮のトレンチコートは¥500で売れたのよ。
皮ジャンとかはえぇ値段が付くみたいっす。
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